江の島
Enoshima, Kanagawa

江の島は、湘南海岸に浮かぶ島です。

人気の観光地となっていて、多くの人が訪れています。
周囲を海食崖に囲われ、南側には岩屋と呼ばれる
海蝕洞があり、古くから修行の場だったそうです。

2012年9月に、江ノ島電鉄に乗車した際に、江の島を訪れました。
江ノ島電鉄には何度か乗ったのですが、江の島は初めてでした。

江ノ島電鉄の乗車記はこちらです。

江の島大橋から江島神社辺津宮

江ノ島電鉄の江ノ島駅から江の島への入口となる
江の島大橋の袂まで歩いて約10分程です。


撮影: 2012年9月

江の島大橋の脇の歩行者用の弁天橋を渡りました。
橋を渡る途中、西側には遠く富士山がうっすらと見えていました。


撮影: 2012年9月

弁天橋を渡り終え、橋の東側の公園から湘南海岸を眺めてみました。
海岸に沿って建物が並び、いかにもリゾート地といった佇まいです。
そんな建物の中に、龍口寺の五重塔も見えていました。


撮影: 2012年9月

ここから江の島の島内の散策をスタートさせます。
弁天橋の先には江島神社の鳥居がありました。


撮影: 2012年9月

鳥居の奥には江島神社の狭い参道が続き、
そこに多くの観光客がごった返していました。


撮影: 2012年9月

江の島はその風光明媚な景色や江島神社などを
目当てに訪れる人が多いと思いますが、
しらす丼も知られているようで、それを
目当てに訪れる人も多いのでしょう。

その混みあった参道の途中に岩本楼がありました。
ここは、江の島で信仰を集めた弁財天を本尊とした
三つの宮の別当寺の一つ、岩本院があったそうです。


撮影: 2012年9月

鎌倉時代には将軍も訪れた場所だったそうです。
今では旅館になっているそうです。

岩本楼の先で、参道脇のお土産物屋さんや
食堂は尽き、赤い大きな鳥居がありました。


撮影: 2012年9月

この鳥居をくぐると階段が続き、
その際に竜宮を模した門が見えていました。

竜宮を模した門は江島神社の神門、瑞心門です。
1986年に建立されたそうです。


撮影: 2012年9月

門には、両側に唐獅子が描かれ、門の天井は格子天井に
なっていて格子には綺麗な花の絵が描かれていました。

瑞心門を過ぎても石段が続いています。
石段を折れ曲がると、江島神社の神殿が見えてきました。


撮影: 2012年9月

江島神社には3つの社がありますが、ここは辺津宮です。
1206年(建永元年)に将軍・源実朝が建立しています。

辺津宮は、3つの社のうち最も下にあり、
下之宮とも呼ばれているそうです。


撮影: 2012年9月

現在の社殿は、1976年に築かれたそうです。

社殿の脇に、宋国伝来の古碑がありました。
1204年(元久元年)に源実朝の使節・良真が
宋の高僧・慶仁禅師より授けられたものだそうです。


撮影: 2012年9月

慶仁禅師は良真に江の島を霊場として
社殿を建てるように勧めたそうです。

社殿を過ぎ、中津宮に向かう途中、
大きな銀杏の木がありました。


撮影: 2012年9月

二本の銀杏の幹が一つの根で結ばれていて
「むすびの樹」として知られていたそうです。
根元には数多くの絵馬が奉納されていました。

この「むすびの樹」は、いまは絵馬のすぐ
上の所で切られてしまっているそうです。


撮影: 2012年9月

辺津宮の境内の東側にある鳥居をくぐり、
階段を下りて、次の中津宮へと向かいました。

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江島神社辺津宮から江の島岩屋へ

辺津宮から中津宮に向かう途中、
湘南海岸を見渡せる展望台がありました。


撮影: 2012年9月

この展望台から中津宮に向かう途中には
不老門再建記念碑がありました。


撮影: 2012年9月

ここには室町時代以前から竜宮城のような不老門が
建っていましたが、老朽化した為、1861年(文久元年)に
岡部政右衛門が私財を投じて門を再建したそうです。

ところが、1873年(明治6年)に、当時建っていた
三重塔と共に撤去されてしまい、今ではこの碑が
門があった事を伝えるのみです。

再建された門が僅か12年後になぜ
取り壊されてしまったのでしょうか。

不老門再建記念碑の奥に中津宮がありました。


撮影: 2012年9月

中津宮は、853年に慈覚大師が創建しています。
1689年(元禄2年)に徳川綱吉が社殿を再建し、
1996年(平成8年)に、全面的に改修されています。

中津宮から更に奥津宮へと向かいました。
奥津宮へは歩いて10分程の距離です。

歩いてしばらくすると太平洋を望む展望台がありました。


撮影: 2012年9月

訪れたのは9月でしたが、真夏の景色が広がっていました。
右手後方には2003年に竣工した江の島シーキャンドルと
呼ばれる灯台も見えていました。

この灯台は民間の燈台で、展望台も併設されているそうです。
そのことを知らずに、素通りしてしまったのは残念でした。

この展望台から下り坂となり、参道には
食堂やお土産物屋さんが並んでいました。


撮影: 2012年9月

ここも観光客の姿がありましたが、辺津宮までの
参道のような混雑はありませんでした。

この先に江島大師があります。


撮影: 2012年9月

江の島にはかつて空海が創建したお寺がありました。
明治維新後の神仏分離で江島神社の一部となっていました。
江島大師は、1993年に廃業した旅館の跡地に建てられています。

江島大師からも下りの石段が続き、その両側に
食堂やお土産物屋さんが並んでいます。


撮影: 2012年9月

この先に、奥津宮がありました。
その入り口にある鳥居です。


撮影: 2012年9月

この鳥居は頼朝寄進の鳥居と伝わります。
吾妻鏡によると、頼朝は奥州平泉の藤原秀衡を
調伏するため、鳥居を寄進しましたとあるそうですが、
実際には、寄進された鳥居がどこに建てられたかは
判っていないそうです。

こちらが奥津宮です。
奥津宮は、3つあるお宮のうち、
昔は本宮と呼ばれていたそうです。


撮影: 2012年9月

奥津宮の境内に龍宮(ワダツミノミヤ)がありました。


撮影: 2012年9月

江の島は昔から龍が住むと言われていて、
1994年に建立されています。

奥津宮を過ぎると、参道は急な石段となりました。


撮影: 2012年9月

この急な石段を下りると、江の島の
南側の岩礁の浜辺に着きました。


撮影: 2012年9月

上の写真は稚児ヶ淵と呼ばれる岩礁です。


撮影: 2012年9月

この日は雲に隠れてしまっていますが、富士山の
向こうに沈む夕陽を眺められるスポットです。

この辺りの海岸沿いに切り立つ海食崖です。


撮影: 2012年9月

こうした海食崖が江の島の周囲をぐるりと
取り囲んでいるので、このような美しい
岩礁の景色が造られている事と思います。

稚児ヶ淵から岬を一つ越えた所の岩礁の様子です。


撮影: 2012年9月

高い位置に遊歩道の橋が架かっていますが、
波打ち際にも歩いていけるような遊歩道がありました。
この日は、潮が満ちていたのか、波打ち際の遊歩道には
波がかぶり、歩く事は出来ませんでした。

遊歩道の橋は、岩屋へと続いていました。


撮影: 2012年9月

岩屋は、海食崖が波によって削られた海食洞窟です。
有料という事で引き返してしまいましたが、この岩屋が
江の島信仰の発祥の地で、空海や日蓮が
修行したところと言われているようです。

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