知念城
Chinen Castle, Japan

登城日:
2012.07.31

【知念城概要】

知念城は、沖縄本島南部にある古城です。
知念按司の居城として、12世紀後半から
13世紀にかけて築城されたそうです。

因みに"按司"は、地方豪族の称号だったようです。

知念城址は、おきなわワールドから
斎場御嶽に向かう途中にあります。

おきなわワールドの様子はこちらです。
斎場御嶽の様子はこちらです。

知念城は、石垣で囲われた単郭のお城と思いましたが、
沖縄観光情報のページでは東側に古城(クーグスク)、
西側に新城(ミーグスク)があると記されています。


石垣で囲われた郭が新城と思いますが、
東側の古城は、その隣の丘の上にあったのでしょうか。

2012年7月に、知念城を訪れました。
その時の様子を紹介します。

【知念城へのアクセス】

那覇空港から、知念城へはバスで
2度ほど乗り換えが必要なようです。

Google Mapでの検索をお勧めします。

沖縄のバスマップはこちらです。

【知念城登城記】

知念城は、沖縄南部の丘陵地帯にあります。
この時はレンタカーで訪れました。

知念城に向かう途中の道の両側に遺構と
思われる石垣で囲われた跡がいくつかありました。


撮影: 2012年7月

石垣の壁が道沿いに続いていたのでしょうか。
この先にはノロ屋敷跡がありました。


撮影: 2012年7月

ノロは調べてみると、按司の支配地で祈祷を
行っていた最高位の神女の事だそうです。
道路わきの木々の間に、崩れかかった
石垣の跡が残っていました。

この先、道路の左手に、知念城の石垣が見えてきました。
沖縄の古城の石垣の様子は、古城というよりも"遺跡"と
表現した方がぴったりするように思います。


撮影: 2012年7月

沖縄独特のカーブした石垣が壁の様に続いています。
手前に表門があり、道路に沿って伸びる
石垣の途中には裏門がありました。


撮影: 2012年7月

南城市のホームページによると、知念城跡は、
明治時代まで番所や学校などとして使われていたそうです。

知念城脇を通る道は、石垣に沿って西に進んだ後、
石垣が途絶えると、左にカーブして南に向かいます。
その、石垣が途絶えたあたりから振り返ってみました。


撮影: 2012年7月

この後、表門まで戻り知念城の内部に入りました。


撮影: 2012年7月

この表門の様子がとても印象的です。
内部は20m四方程度の空間が広がっていました。


撮影: 2012年7月

門を入ってすぐ前に、右側の石垣の壁から
目隠しの様に石垣が伸びています。
その左側から城内に入るようになっていました。

下の写真は、裏門を城内から撮影したものです。
石垣の一部が崩れ、遺跡の雰囲気を醸し出しています。


撮影: 2012年7月

裏門の脇からは、石垣に上れるように道が続いていました。
石垣が崩れているので、ここを上るのは避けた方が良さそうです。


撮影: 2012年7月

その手前には「焚字炉」がありました。

「焚字炉」は、不要な紙を燃やした炉の事だそうです。
知念城の歴史とは関係なく、明治後期に
地元の人によって作られたそうです。

下の写真は、城内から表門から裏門に
かけての様子を写したものです。


撮影: 2012年7月

この南側に城域が広がり、その南の左右の端には、
崩れた石垣が残っていました。


撮影: 2012年7月

沖縄の城址の石垣には、サンゴ礁から出来た琉球石灰岩が
使われている事が多いようで、風化が激しいようです。

知念城の南側には太平洋が広がっています。


撮影: 2012年7月

この南側は、かなり急な崖となっており、
こちらからの侵入は困難だったと思います。


撮影: 2012年7月

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