わが街 岡崎 / 龍海院
Ryukaiin Temple
in my Hometown Okazaki

龍海院は、1530年(享禄3年)に松平清康によって創建されています。
松平清康は、徳川家康の祖父にあたり、若いころから松平氏の
勢力を急速に広め、いずれ天下を獲ると言われていた武将です。

松平清康が二十歳の時、左手に「是の字」を握る夢を見、
この事の意味を模外和尚に問うたところ、日下人と読める
事から、天下を獲る事と言われ、この事があった為に
清康が模外和尚の為に、龍海院を建てたそうです。

龍海院は、名鉄東岡崎駅の近くにあります。

名鉄の線路の前にある龍海院の立派な山門です。


撮影: 2012年8月

山門を抜けると、「是字寺」の碑が立っていました。
その奥に見えるのは1970年に再建された本堂です。


撮影: 2012年8月

岡崎は、第二次大戦の際に、大規模な空襲を受けており、
その際に、龍海院も全焼してしまったそうです。
過去帳など、古文書なども焼失してしまったので、
以前の事が記録として残っていないそうです。

本堂の裏の山の中腹に墓地が広がっています。


撮影: 2012年8月

墓地の中段あたりに、酒井正親のお墓がありました。
酒井正親は、清康の代から松平家に仕えた家臣で、
家康のへその緒を切ったと言われています。


撮影: 2012年8月

また家康の初陣に付き添い、また家康が
今川氏の人質になり駿府に送られると、
家康と一緒に駿府で暮らしたそうです。

酒井正親のお墓の隣には立派な碑も立っていました。


撮影: 2012年8月

その近くには、真喜の方のお墓もありました。


撮影: 2012年8月

真喜の方は、徳川家康の生母・於大の方が、
松平広忠と離縁となった後、正室となった方です。
家康にとっては継母にあたります。

お墓のある山からは西側に展望が開けていました。


撮影: 2012年8月

中世、城を築くにはいい場所と思うのですが、
そのようなことはなかったようです。

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