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Shane旅日記
鉄道旅行へのいざない

隅田川船下り
Sumidagawa River Cruise

東京の下町を南北に流れる隅田川。
桜の名所としても知られていますが、浅草から
浜離宮まで、隅田川を下るクルーズ船があります。

2012年10月にこの墨田川を下るクルーズ船に乗ってみました。
クルーズ船の乗船場は浅草寺に近い吾妻橋の袂です。

浅草の散策記は こちら です。


撮影: 2012年10月

乗船場の向かいにはアサヒビール本社の
ユニークなオブジェが見えています。


撮影: 2012年10月

アサヒビール本社の向こうには
スカイツリーも聳えていました。

このオブジェクトを眺めながらクルーズ船に
乗り込み、浜離宮に向けて出港しました。
クルーズ船ではうまい具合に最後尾で立つ
ことが出来、ここから去り行く景色を眺めました。

浅草の乗船場からほぼ360度船の向きが変わり、
アサヒビール本社やスカイツリーの眺めから浅草側の
ビル群、そして東武の鉄橋を眺め、船は速度を上げました。

吾妻橋をくぐりました。


撮影: 2012年10月

吾妻橋は、江戸時代に隅田川に架けられた5つの
橋の一つで、1769年(明和6年)に架けられています。
その後何度か架け替えられ、現在の橋は1931年
(昭和6年)に架け替えられています。

吾妻橋の南側に、駒形橋があります。


撮影: 2012年10月

駒形橋は1927年(昭和2年)に架けられたアーチ橋です。
橋の向こうに、スカイツリーが見えていました。

駒形橋から次の厩橋までの様子です。

3連アーチの厩橋には春日通が走っています。


撮影: 2012年10月

江戸時代にはここに御厩の渡しがあり、その近くに
1874年(明治7年)に初代の厩橋が架けられました。
現在の橋は、1893年(明治26年)に架けられています。

その右手には、ライオンの旧本社とスカイツリーが見えています。
隅田川からは、スカイツリーはかなり広い範囲で見えていました。

下の写真は厩橋の下流の蔵前橋です。
1927年(昭和2年)に竣工しています。


撮影: 2012年10月

蔵前橋からも更に、スカイツリーを眺めながら隅田川を下りました。
蔵前橋からしばらく下ると、総武本線の鉄橋をくぐります。
その先に両国橋がありました。

両国橋は、1660年頃に千住大橋に続き、
隅田川に架かる2番目の橋として架橋されました。

両国橋が架けられるきっかけは、1657年(明暦3年)に
起きた明暦の大火だったと言われています。

それまで幕府は、防衛上の理由により隅田川へ架橋を
しない方針だったそうですが、明暦の大火で逃げ場を
失った10万もの人が、この橋の近くで焼死した為、
方針を変換し、架橋する事を決断したそうです。

動画には映っていませんが、両国橋の手前で
左手(西側)から神田川が合流しています。

吾妻橋からほぼ直線状に下っていた隅田川ですが、
総武本線をくぐった辺りから、川下に向かって
左に緩やかに曲がっています。

緩やかに曲がりながら高速道路の橋をくぐりました。


撮影: 2012年10月

高速道路をくぐると、その下流に新大橋があります。
「新」と名が付きますが、最初に架橋されたのは
江戸時代の1693年(元禄6年)です。

当時、両国橋が大橋と呼ばれていた為、
この橋が新大橋となっています。

新大橋から、清州橋まで動画に撮ってみました。

隅田川は、新大橋辺りから今度は、川下に
向かって右に曲がって流れるようになります。
ビルの間に隠れていたスカイツリーがクルーズ船の
最後尾の正面近くに見えるようになりました。

上の動画の後半に、東から川が合流しています。
この川は小名木川で、江戸時代初期に
徳川家康の命で掘られた運河です。

隅田川と小名木川の合流部の北側は
松尾芭蕉が庵を結んでいたところで、

"古池や かわず飛び込む 水の音"

の句が詠まれた場所です。

深川界隈の散策記は こちら です。

隅田川と小名木川の合流部の下流に清州橋があります。


撮影: 2012年10月

清州橋は、ドイツのケルンに架かるヒンデンブルク橋を
モデルとしているそうで、清州橋の架かる隅田川の
光景はケルンの眺めと称されているそうです。
清州橋は重要文化財に指定されています。

清州橋の下流で、再び高速道路の橋をくぐりました。
そのさらに下流には永代橋が架かっています。


撮影: 2012年10月

永代橋は隅田川に架かる4番目の橋として
1698年(元禄11年)に架橋されています。

赤穂浪士が、吉良上野介邸を襲撃した際には
上野介の首を掲げて永代橋を渡ったと伝わります。
この永代橋も重要文化財に指定されています。

吉良邸のある両国の散策記は こちら です。

永代橋から中央大橋にかけての様子を動画に撮りました。

永代橋の下流で、クルーズ船は右に進路を取りました。
上の動画では写っていませんが、この辺りで左手に
晴海運河が隅田川から分かれています。

中央大橋は1994年に架けられた新しい橋です。
中央大橋の下流の西側には、隅田川に
合流する亀島川の水門が見えています。


撮影: 2012年10月

中央大橋の下流の隅田川左岸(東側)は、石川島です。
江戸時代には人足寄場が置かれ、1866年(慶応2年)に、
日本橋方面に向かう船の為に常夜灯が設けられたそうです。

石川島には、その常夜灯を模した
灯台型のモニュメントが建てられています。

中央大橋の下流には佃大橋があります。


撮影: 2012年10月

上は、佃大橋をくぐりしばらく下った時に撮った写真です。
隅田川の上流遠くにスカイツリーが聳え、その手前には
湾岸地区のタワーマンションが林立しています。
この光景は14年前ですので、今は更に多くの
タワーマンションが建っているのでしょうか。

佃大橋から勝鬨橋にかけての様子です。

川幅の広くなった隅田川は大河の様になり、青空に
タワーマンション群が林立する様子は圧巻な光景でした。

勝鬨橋をくぐりました。


撮影: 2012年10月

勝鬨橋は1940年(昭和15年)に完成した跳ね上げ式です。
勝鬨橋は3つのスパンに分かれていて、左右のアーチ橋に
挟まれた中央部が跳ね上がる構造になっています。

しかし、上流に川面とのクリアランスが小さな佃大橋が
架けられてから、勝鬨橋を通行する貨物船の数も減り、
1970年以降は跳ね上げられていないそうです。
勝鬨橋も国の重要文化財に指定されています。

隅田川も勝鬨橋を過ぎるとかなり河口に近づいています。
ふと西側を見るとビルの合間に東京タワーが見えていました。


撮影: 2012年10月

東京タワーの手前、防波堤の向こう側の木々は浜離宮です。
浅草から乗船したクルーズ船は、浜離宮に立ち寄ります。

浜離宮のある芝界隈の散策記は こちら です。

クルーズ船が浜離宮の乗船場に向かう為、方向を
変えると、南にあるレインボーブリッジも見えていました。


撮影: 2012年10月

レインボーブリッジは2011年に歩いて渡っています。
その時の様子は こちら です。

こうして35分程の乗船で、浜離宮に到着しました。


撮影: 2012年10月

隅田川クルーズ船はこの後、
日の出橋桟橋に向かって出航していきました。
この時乗船した船は「ユアータウン」という船です。
2014年には廃船となり解体されてしまったようです。

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